第四十二回 友からのメール


 あなたの親友から、突然、
「俺(あたし)、天才だと思うんだけど」
 と告白されたら、あなたはどう思うだろう。まず、(あれ、頭がどうかしちゃったのかな?)と不安を抱き、然るべき病院で診察を受けるように言おうかどうしようか迷うのではないだろうか。ただの友達だったら、(こいつって、こんなこと言うほど馬鹿だったのか)と笑うだろう。

 今から15年ほど前。

「俺は天才だ。なぜなら、俺自身自分が天才だということを知っているからだ」

 と、小学校からの友人Aに真顔で言われ続けていた男がいた。彼は気配り屋だったせいか、Aの言葉に笑うことなく、そうかと頷いた。だからこそ、Aは余計に男に向かってあれやこれやと言った。
 小学校から小説を書いていたAの自信は凄かった。
「まずは来年、史上最年少で江戸川乱歩賞だ。世界ミステリ小説史上、前例のないトリックを使う。評論家連中は驚くだろうね。まだ、こんなトリックがあったかと。俺自身、思いついた時震えたよ。自分の才能を怖く感じた。こんなに若いのに、この先どこまで行っちゃうんだろうってね。まあ、最終的にはノーベル文学賞まで行くよ」
 誰がどう見ても病的自信過剰のAだったが、彼の書いた小説はわりと評判がよくクラス内でよく回し読みされた。
「なんかプロみたいだね。難しいことはよくわからないけど、会話の後の文章がそれっぽいというか」
 クラスの誰かが言った感想を聞いて、Aは当然だろうというふうに頷いた。わかふじ(役所が市内の小学生から作文を集め、出来のいいものを載せていた本)6年連続落選の屈辱も吹き飛んだ。

 だが、Aは勉強が嫌いだったので成績が悪かった。2年生の2学期からABCDEのEランクだった。不注意で机の上に置いたままだった成績表を見られ、友人たちに「おまえってこんなに馬鹿だったんだ」と笑われた。
 3年の時の担任は、「生徒会長が、学区内すべての県立の滑り止めに使われる私立を、単願で落ちたら何を言われるかわからない。とにかく、俺が土下座をして試験だけでも受けさせてくれるように頼んだからなんとかしてくれ」と言った。

 Aは無事高校に合格した。男はAより遙かに上のレベルの県立高校に、やはり単願で入学した。
 しばらくして、男の家にAがドクターペッパーを持って来るようになった。底辺にいる人間と頂点にいる人間の会合は端から見たら妙だったかもしれないが、二人は特に何も思っていなかった。
「自伝を書いてみたんだ。読んでよ」
 それは400字詰め原稿用紙で250枚に及んだ。そのほとんどが、Aの失恋話であったが、男は用紙の余白に感想を書きながら、Aに返す時、必ず「面白かった」と答えた。
 それからすぐ、Aは友人が出てくる恋愛小説やミステリ小説を頻繁に書くようになった。男はやはり、「面白かった」と言って返した。
「将来は絶対小説家になるんだ」
 そう言うAに、男は、
「なれるよ、きっと。それに俺、Aからもらった原稿、全部取ってあるんだ。将来自慢する予定から、なってもらわなくちゃ困るんだよな。場所も結構取ってるしさ」
 と笑いながら応えた。

 高校を卒業して男は教師になるため推薦で某一流大学に進学した。Aは「シナリオを書いてみたい」と言いつつ、一度も見学に行ったことがないという、専門学校に入った。
 だが、Aはすぐに学校に行かなくなり、自主退学した。
「他の奴らはみんな遊びに来てる。今日は東京のどこそこに行く、この間、芸能人を見かけた、そんなおしゃべりばっかりで他には何も聞こえない。俺は真剣にやりたいんだ。あんな中に2年間もいるぐらいなら、俺は大学の文学部を受ける」
 Aの言葉に男は頷きつつも不安を感じていた。なにしろ、Aは飽きやすい。4月から受験勉強を始めて、翌年まで持つかと。
 男の不安は的中し、Aはバイトで得た金で遊ぶようになった。
 だが、相変わらず友人が出てくる小説だけはせっせと持ってきた。
「今度も面白いよ。あいつとあいつがくっついてさ。最後はどんでん返し。見たらひっくり返るね」
 脳天気なAの言葉に男は険しい顔で言った。
「Aは、プロの物書きになりたいんだよね?」
「勿論」
「だったらいつまでもこれじゃまずいんじゃないかな」
 Aの心に、その言葉は激しく響いた。
「まずいって? なにが?」
「プロになりたいんだったら、もっとちゃんとした小説を書いた方がいいよ。俺とかおまえ、伊集院が出てくる話じゃなくて、オリジナルのキャラクターが出てくる話。このままいっても成長はないと思う。そりゃ確かに面白いよ。でも、それは俺らだけだよ。ほんとに内輪受けってやつ。他の、俺とかAを知らない人間にとってはどうだろう。読みたいと思ってくれるかな。いや、金出して買ってくれるかな」
 男の言葉はAにとってショックだった。これまで、必ず面白いと言ってくれた友人が、このままじゃ駄目だと突き放してきたのだ。

 Aは悩んだ末、内輪受けも続けつつオリジナルキャラクターを使った小説も書くようになった。だが、両方とも男に酷評され続けた。
「はっきり言ってつまらない」
「意味がわからない」
「またこんな話かとがっかりした」
「キャラに深みがない」
「取って付けたような話」
「表現力がない」
 いつもそうだった。
 二人の仲は、少なくとも小説の読み手と書き手という関係において険悪になった。Aは「どうして、俺の世界を理解してくれないんだ。がっかりしたなんて言うなよ。また前みたいに褒めてくれよ」、そう思っていたが、次第に男の所へ自分の小説を持っていくことがなくなった。もうこれ以上、傷つきたくなかった。史上最年少で江戸川乱歩賞を受賞するはずだったのに、求人広告誌を毎週読みながら、居間にいる父親に「おまえは邪魔だ。こっちへ来るな」と言われ、友人には「いい加減就職しろよ」とため息をつかれながら言われ、面接先の社員には小説家志望だと言った瞬間に笑われ、女の子を遊びに誘っても必ず「忙しい」と言われ、Aのプライドはぼろぼろになっていた。

 時が過ぎた。
 Aは、数年前に男が言っていたことをようやく理解出来るようになっていた。粋がった末、周りの人間を不幸にした自分が恥ずかしかった。そして、プライドを取り戻すために、もう一度、創作と向かい合った。必ずアドバイスしてくれた親友は傍らにいない。一人でやるしかない。月給8万円のバイトを辞めた。もう収入はない。貯金もない。物書きになるしかない。勝負だった。

 Aは勝負に勝った。そして、感謝の証として、今までお世話になった人たちの名前をオリジナルキャラクターに付けた。
 男――高松修一はその話を聞いて、東京から駆けつけてきた。そして久しぶりに酒を飲み交わした後、家に帰り、翌日の夜、Aにメールを書き送った。

 高松です。いやあ、買ったよ買った。今日はテストがあったんだけど、学校行く前に買った。月刊ASUKAも一緒にね。同じ日に全く違うものに名前が載るというのも、何とも不思議なことだね。それにしても工藤圭という名前が――

 受け取った病的自信過剰のAこと工藤圭は笑いながら、高校時代、高松修一に対し「俺が本出したら、必ず贈るから。サイン付きで」と言った時の、彼の言葉を思い出した。

「いや、いいよ。買うから。俺はさ、工藤の本を本屋で買いたいんだよ。新刊コーナーで平積みになっているであろう工藤の本をね。それがファンとしての夢なんだよ」

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