第四十四回 二度目のプロット


 あたしが、みんなに自慢出来るような小説を書いて――

 私は彼女にこう言われた時、どう返答していいのかわからなかった。というより、彼女がどういう気持ちで言っているのかわからなかった。
 高松君の推薦文付きで、書いた小説を同級生の浅山さん(仮名)に送りつけてシカトされたことはあったが、あたしのために書いてというようなことを言われたことはない。まあ、無理矢理、(あれはそういうことだったかな)というものを挙げるとするなら、中学時代に隣の席の女の子に、「あたしの友達が今度新聞を作ることになったから、会長がなんか書いてくれないかなぁ」と言われたことか。
 で、

騙されるな。女の態度、これは脈ありに見えてそうではない

 というようなテーマで、

1.他の男子のことは「ねえ、ちょっと鈴木!」とか「ねえ、ちょっと加藤!」とか名字で呼ぶのに、なぜか自分のことは「ねえ、ちょっと田中祐介!」などとフルネームで呼ぶ

 みたいなことをしつこく5つぐらい書き、すべての記事にコメント付きの可愛い女の子のイラストを描いていたデザイン担当(?)の女子もどうしていいかわからなかったようで、女の子の頭の上にクエスチョンマークを付けていた。
 しかし、今回はそういうレベルの話ではない。本当に、心から、「あたしのために小説を書いてほしい」と言ってくれているのである。

「ね……?」
 確認を求めてくる彼女に対し、私は助手席で頷いた。
「ああ」
 それから、初めて顔を合わせた時のこと、お互いの家族のこと、そして夢のことを語り合った。話はいつまでも尽きなかったが、やがて私の家の前で車が停まった。
「あーあ……着いちゃったね」
 彼女はちょっと寂しげに言った。私は、「もうしばらくドライブしようよ」と言いたかったのだが、なぜか口に出せず、車内は沈黙した。
「じゃ!」
 先に口を開いたのは彼女の方だった。いつものように、どこか陰があるようなそれでいて明るいという不思議な表情をしていた。
「えへへ」
 そして、こぼれるようないつもの笑い声。もう少し一緒にいたいな。そう思っているのに言葉が出てこない。
「あのさ」
「なに?」
「気を付けて帰れよ」
 本心ではない言葉が口をついてしまう。
「うん」
「また、電話するからさ」
 そう言うと、彼女は笑った。
「嘘ばっかり。工藤君から電話してくれたことないじゃん」
「今度は絶対約束守るから」
 少しの沈黙の後、彼女は大きく頷いて言った。
「……うん。じゃあ待ってる」
「それじゃ、またな」
「うん。またね」
 私はドアを開け、外に出た。振り返ると彼女と目が合った。どちらからともなく手を振り、そして微笑む。
 止まっていたエンジンが再び動き、クラクションが1回鳴った後、車は家の前の細い道路から市道へと出ていった。

 翌日。ハムスターのウインナー君が狂ったように回す、回し車の振動音で起きた。いつものことと言えばいつものことである。
 ハムスターは夜行性なので本来は夜活動することが多いのだが、私は外が明るいと何も考えられない脳を持っているので、仕事の時は常にカーテンを閉めている。よって、当時の私の部屋は24時間夜になっていた。
 スーパーで買ってきたハムスターの餌を与え、水を取り替えると、私は朝食を作りながら考えた。
 前回のプロットの問題点ははっきりしている。そして、やるべきことは決まっているわけだ。問題は成人男性同士の友情を描く子供向けミステリーという、あまり見たことがない話をどうやって面白おかしく成立させるかだ。
 まずキャラクターを立てよう。主役は型破りの教師だ。型破りの教師というほど型を破っていないキャラクターはいないわけであるから、思い切って、体型に型破りの要素を求めてみてはどうか。たとえば、超肥満体で50メートル走18秒9、太りすぎで慢性気管支炎と痛風をわずらっている先生とか。そんな先生には、幼なじみで世話好きでモデルみたいな彼女がいて、その彼女は警視庁のエリートという、そんな流れはどうだろう。だけど待てよ。Aさんは確か、外見がかっこいい奴をとかなんとか言ってたな。勝手に変えちゃっていいんだろうか。
 私は悩んだ末、主役の設定を後回しにすることにした。
 次に取りかかったのがヒロインだ。主人公の彼女、そしてもう一人、読者である子供たちにとってのアイドルを出そうという方向性で考えた。
 そして犯人を含めた脇役。学園物だから登場人物がどうしても多くなる。類型的でも仕方がないからとにかくバラエティ豊かな構成にしよう。
 問題はストーリーだ。先生が主役で、子供たちも活躍するという話が王道だろうと思う。殺人はなしだから、誘拐物か脅迫物(殺人&爆破予告)辺りに限られてくる。そこに傷害事件を組み合わせて盛り上げていくしかないか。

 私はその後もああだこうだと考え、主役の設定もなんとか作って、愛用エディタの秀丸を立ち上げて新プロットの作成に入った。
 キャラ設定、ストーリーが全部まとまったのはその日の23時を過ぎていたと思う。金田一の原稿料で買ったキヤノンのプリンタで印刷した後、次の日、簡易書留で送った。

(前よりは言われたことを踏まえていると思うんだよな。だけど、あれでいいのかな……)

 郵便局からの帰り、腕を組みながらそんなことを思った。言われたことは多分出来たということはわかるのだが、面白いのかどうかがわからないのだ。とにかく、Aさんの言ったイメージを自分なりに再現してみた。そんな感じだった。

 そして3日後。
「あ、工藤君? どうも。講談社のAです」

 昼過ぎにAさんから電話がかかってきた。

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