第四十九回 原稿料 その1


 新しいプロットと400字詰め原稿用紙30枚ほどの冒頭は、思いの外、速く書くことが出来た。何度か読み返してみたが、内容も悪くないと感じた。キャラクターがストーリーと合ってるし、笑いも緊迫感もある。
 いつものように近くの郵便局から簡易書留で送ると、3日ぐらいしてAさんから電話がかかってきた。
「いいね」
 Aさんの誉め言葉はそれだけだったが、これまでの言動から考えて長々と言わないということは本当にいいということの裏返しであり、私はほっとした。
「打ち合わせしたいんで、来週ぐらい会いましょう。どうしようかな、今度は講談社まで来てもらおうかな。あ、そうそう、本館にはもういないんだ。隣のビルにいるからそっちに来てくれないかな」
「ビルですか?」
 そう聞きながらふと思い出した。そう言えば、編集プロダクションでKさんとTさんが、「このご時世に講談社はビルを建てている。儲かってるんだなぁ。大したもんだ」というような会話をしていた。ということは、あの味のある本館にはもう行けないということなのだろうか。
「うん。来ればすぐにわかるよ。今まで通り、受け付けで僕を呼んで下さい。じゃ、よろしく」

 さて、プロットも無事に通り、書き出しもなんとかなった今、私の心にはある一つの疑問が浮かびっぱなしになっていた。
(講談社から振り込まれるという総額28万円のアイデア料はどうなったのだろうか……)
 Kさんは、「あー、そういうのは本が出てからだいたい一カ月ぐらいして振り込まれるよ」と言っていたが、本が出てからもう二カ月以上経っている。しかし、振り込まれる気配はまったくない。編集プロダクションからのギャラは順調に振り込まれているので余計に気になる。もしかして、すっかり忘れられているのではないのか。
 以前書いたが、このアイデア料というのは1つのアイデア(アイデアにあわせてストーリーを書く必要はない)につき1万円というものであった。たとえば、

 凍った魚で被害者の頭をぶっ叩き、焼いて食べて証拠を隠滅した。

 という、字数にして30文字のベタベタアイデアでも採用されれば1万円。
 最初に1アイデア1万円を聞いた時は、正直、騙されているんじゃないかと思った。以前やっていたゲームショップのバイトの時給は680円だった。週一の棚卸しは大変だった。私と主婦の人が組んでやっていたのだが、「美少女戦士セーラームーンが3本、美少女戦士セーラームーンRが2本、美少女戦士セーラームーン Another Storyが1本、美少女戦士セーラームーンSが1本、美少女戦士セーラームーンS くるっくりんが1本、美少女戦士セーラームーンS こんどはパズルでおしおきよ!が4本、美少女戦士セーラームーンS 場外乱闘!?主役争奪戦が2本、美少女戦士セーラームーンSuperS 全員参加!!主役争奪戦が3本、美少女戦士セーラームーンSuperSふわふわパニックが1本、美少女戦士セーラームーン セーラースターズ ふわふわパニック2が4本……」と、出た順に1、2、3って番号付けりゃいいだろうと言いたくなる似たようなタイトルが延々と続き、あいうえお順で美少女戦士セーラームーンS場外乱闘!?主役争奪戦の後にあるべき美少女戦士セーラームーンSuperS全員参加!!主役争奪戦が前にあったりすると棚卸し表をめくって探さなければならず、たまに買い取って掃除していて机に置いたままにして帰った、なんていうのがあるとそれを捜索するのに2時間ぐらいかかった。その後、3DOのなんかの蓋が純正品じゃないから安くしろだとか、カービィボウルを買ったが意味がわからないといった客の話を聞き、スーパー32Xの買い取りなんかが来て、値札を作って、見本箱を作って……とこんな調子で立ちっぱなしで10時間ぐらい働いて一カ月の手取りが99800円ぐらいだった。日給5000円ぐらいである。

 凍った魚で被害者の頭をぶっ叩き、焼いて食べて証拠を隠滅した。

 と

 20時間近い立ちっぱなし労働がイコール。

 考えれば考えるほど信じられない。信じられないからこそ、本当に講談社からアイデア料が振り込まれるのかどうか不安になってくる。

 少し脱線するが、物書きというのは今、自分がやっている仕事のギャラがいくらで、それがいつ払われるのかわからないことが結構ある。打ち合わせの時も一応、ギャラの話は出て来るのだが、

編集者
「で、ギャラの方なんですけど」


「はい」

編集者
「うちは結構安いんですよねー。ほんと。申し訳ないんですけど」


「いえいえ、いただけるだけでありがたいです」

編集者
「私自身はもっとお支払いしたいと思っているんですけどねー」


「今は不景気だし、その辺は大変ですよね」

編集者
「ええ、やっぱりそうなんですよ。ははは」


「ははは」

編集者
「……」


「……」

編集者
「……」


「……」

編集者
「それじゃ、よろしくお願いします」


「(え?)」

 と、大抵の場合、答えが出ずに終わる。有名な作家さんでも似たようなことを書いているので、もう、こういうものだと考えるしかない。


「今は不景気だし、その辺は大変ですよね」

編集者
「ええ、やっぱりそうなんですよ。ははは」


「ははは」

編集者
「……」


「……」

編集者
「……」


で?

 と言えればいいのかもしれないが、言ったら最後、もう二度と仕事は来ない気がする。

 もし、作家志望でついにデビューが決まり、今まで苦労を掛けてきた彼女に印税でプレゼントを買ってあげようという人がいたら、「いつあげる」という約束は絶対にしない方がいい。一般的な流れは、

 原稿依頼→(三カ月)→脱稿→(二カ月)→出版→(二カ月)→祝・印税振り込み

 こんな感じだと思うが、初めて仕事をする出版社だと出版から印税振り込みまでもう少し掛かったりする。彼女にどんなプレゼントを買うか考える前に、執筆から印税が振り込まれるまでの七カ月間をいかに乗り切るか、まずそれを考えよう。プレゼントのことを言い出すのは実際にお金が入ってからでも決して遅くはない。

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