第五十四回 早乙女の来訪


 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン

「うるせえんだよ、何度も何度も」
 ある休日の夜。青い鳥文庫の原稿を書いていると、玄関のドアが激しく叩かれた。文章を書く時はいつもヘッドホンで音楽を聴いているのだが、この時はたまたまヘッドホンを付けていなかったため、音がまともに私の耳に届いた。
「まったく、一度叩けばわかるってんだよ」
 私は頭を掻きむしりながら玄関へと向かった。どうもパソコンの調子が悪いらしく、よくOSが落ちるようになり、つい先ほど新規作成画面で書いていたものが全部消えてしまったばかりだ。イライラしている時にはイライラさせることが襲ってくるものだ。こういう叩き方をする奴はだいたい決まっている。灯油の配達をするおじさんか、中学の時からの友人で部活はサッカー部、今は会社員の早乙女(仮名)だ。
 人に「暇だから」という理由で電話を掛けてきて、プッシュホンのボタンを押してうちの学校の校歌を演奏して何も言わずに切る男、貸した本を水たまりに落として何も言わずに返却する男、それが早乙女だ。
「おう」
 ドアを開けてみると、やはり早乙女だった。私より身長が高く、がっしりとした体格で、髪を切った剣崎進に雰囲気が似ていると言えば似ている。
「なんだよ」
 私がわざとぶっきらぼうにそう言うと、早乙女はお菓子や缶コーヒーが入っているコンビニの袋を掲げながら、頭を少し下げて靴を脱ぎ始めた。
「いい話持ってきた」
「怪しいんだよ、おまえのいい話ってのは」
 と言いつつ、気晴らしになるかもと思い、パソコンのスイッチをオフにして付き合うことにした。どうせあまり進んでなかったし、今日はもうやめた方がいいだろう。

「しかし、おまえもこのパソコンに感謝した方がいいぞ」
 コンビニの袋を置き、部屋の襖に背を向けて座ると、早乙女は私のパソコンを顎で指しながら言った。
「まあな」
「しかし、インターネットってのは大したもんだよな。これで仕事もらえちゃうんだから」
「で、いい話って?」
 私が終了をクリックしてそう言うと、早乙女が袋からファンタオレンジとコーラの缶を取り出しながら口を開いた。
「いや、話をする前におまえに聞いておきたいことがある」
「なに?」
「単刀直入に聞くけど、おまえ、今、彼女いんの?」
「いたら、そこに澤宮英梨子のビデオ置いてないだろ」
「前、女の子と電話してたよな」
「ああ……あれね」
 私はちょうど一月ぐらい前の、岡崎美女みたいな彼女との電話のやりとりを思い出した。

「わたしと会うの……これで最後じゃないよね?」
「わたしがね……友達みんなに自慢出来るような小説を書いて」

 などの言葉、あるいはドライブでのやりとりから考えて、かなり気持ちが接近していたような気がしていた彼女だが、青い鳥文庫のプロットにかかりきりになったことでまったく連絡が取れなくなり、二カ月ぶりぐらいに電話したら、

「久しぶり」
「うん」
「元気だった?」
「うん」
「……そうか」
「……」
「……」
「あ、ごめん、キャッチ入っちゃった」
「え、ああ、わかった。じゃあ切ろうか」
「ごめんね」
「それじゃまたね」
「それじゃ」

 と、ZEROの法則に出てくる女性と似たテンションの低さで、結局、自然消滅になってしまったのだ。
「そりゃ2カ月も連絡しなきゃなぁ」
「でもさ、付き合っているわけでもないしさ、それでこまめに連絡していたら不自然じゃん」
「おまえはそうでも、向こうは連絡してほしかったんじゃないか? まあ、とりあえずわかった。彼女もいなければ好きな女もいないと」
「そうだな。で、それがなんなんだよ」
 私の言葉に対し、早乙女はカールの袋を開けて、2、3個口に入れてぼりぼりと噛みながら、両手を床に付け、体を後ろに倒しながら言った。
「前に俺の彼女のこと話したよな」
「なんだっけ?」
「いや、おまえの話をしたらっていう」
「ああ、なんか俺に会ってみたいとかなんとか」
「そうそう。でさ、なんか彼女の友達もおまえに会ってみたいらしいんだよ。それでね、じゃあ4人で飯でも食おうかということになったわけだ」
「ちょっと待て。彼女の友達ってのはなんで俺のこと知ってんの?」
「彼女がいろいろ話したらしいよ。それでどんな人か会ってみたいってことらしいな」

(なんか前にも似たパターンがあったような気がするな……)

 記憶をほじくり返して、しばらくして見つけた。
 確か2年ぐらい前、バイト先で知り合ったかなちゃん(仮名)が「工藤さんに会いたいっていう子がいる」とかなんとか言って、私の提案で地元駅の立ち食いそば店の前で待ち合わせをしたことがあった。あれは、かなちゃんの友達が私に会いたかったのではなく、私の連れにかなちゃんが会いたいという理由でセッティングされたものだった。私とかなちゃんの友達は5分も会話しなかったと思う。
 しかし、今回、紹介する側は既に付き合っているわけだし、あの時の気まずさは感じずに済みそうだ。

「一応聞いておくけど、おまえは彼女のこと知ってるわけ?」
「ああ、一度会ったことあるよ」
 カールを口に運びながら早乙女が言った。
「どんな子?」
「なんかね、会社の秘書らしいよ」
 いきなり予期せぬ職業名が早乙女の口から出てきて驚いた。コーラを飲んでいたらむせたかもしれない。縁というものがあるならば、もっとも縁遠そうな職業だ。
「待て待て、ちょっと待て」
「あんまり興奮すんなよ」
「してねえよ。っていうか、ちょっと待て。ちょっと言わせてくれよ。秘書とか、そういう職業の人ってのはさ、まず髪にキューティクル全開だろ。で、私生活では毛皮のコートとか着て、膝の上まで来るようなブーツ履いてて、持っているものは全部ブランド品で、男友達がみんな東証一部上場みたいな会社に勤めていたりするんだろ。合コンとかよく行ってて、飲んでいる酒が絵の具溶かしたような色なの。無理。合わない。なんかさ、攻撃的な感じがするんだよね。性格じゃないよ。人生が。イケイケなの。攻撃的な女って、俺駄目。スリットスカート履いている人とかも攻撃的に見えんの。秘書ってスリットスカートよく履いてない?」
 今思うと、秘書物アダルトビデオの見すぎなんじゃないかという気がするが、当時の私の「秘書」のイメージというのはこんな感じだった。
「いや、そういう感じの子じゃないよ。おっとりしてて、普通の子だよ。まあ、とりあえず一度会ってみりゃいいじゃん。別にそんな変な子じゃないし。たまには女の子とお喋りしたり、息抜きも必要だよ。な」
「……まあ、最近同年代の女の子と全然話してないからなぁ」
「じゃあ決まりね。彼女には言っておくから」
「あ、ちなみに顔はどんな感じ?」
「うーん……」
 早乙女はしばらくの間、腕を組んで、視線をあっちこっちに向けて考えていたが、どうにかまとまったようでこう答えた。

「両生類系?」

「……」

 両生類っぽい顔の女性。

 どういう顔だろうか。オオサンショウウオみたいに目が離れているということだろうか。それとも、イモリみたいに顎が尖っているということなのだろうか。はたまた、蛙みたいに目が大きいということなのだろうか。全然想像がつかない。顔で女性を判断するということは断じてないが、両生類っぽい顔の女性というのを見たことがないので字にすると不安だけが増す。

「ま、当日のお楽しみということで」
 早乙女はにやにやと笑いながら、右手で私の肩をぽんと叩いた。

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