第六十一回 舞い込む依頼 その1 ~ビジネス書編~


 基本的にいつも停滞しているが、一つ何か進展すると、劇的に環境が変化するというのが私の人生のパターンのようで、Kさんから受けたショートミステリの依頼の後、次から次へと仕事の依頼が舞い込んできた。当時の文章系サイトは渋いかシュールかで、私の所のようによくも悪くもオチがわかりやすいサイトは珍しかったと思う。目を惹いたのならそこだろう。
 ネットの世界で執筆依頼というのは、特定のジャンルを深く掘り下げているサイトの制作者がそのジャンルで受けやすいものだが、私のサイトは見事なほどにごった煮サイトで、依頼の内容もバラバラだった。せっかくなので、一つ一つ、どういう風に依頼され、どんな風に話が進んでいったのかを書いてみたいと思う。

 まず、某社の編集者からこんな感じのメールが届いた。

 初めまして。ビジネス書などを出版している△△社の○○と申します。工藤さんのサイトをいつも楽しく拝見させていただいています。特にZEROの法則が好きです。さて、このたびメールを差し上げたのは、是非我が社から出版する単行本を執筆していただきたいと思ったからです。内容ですが、「インターネットから作家になるためには」という方向で考えています。さっか道をベースにして、工藤さんなりの方法を書いて下さい。よろしくお願いします。

 サイトを作って編集者に見つけてもらって作家になるなんて誰も想像していなかった時代だったので、本当にこんなテーマで本出せるのかなと思ったが、サラリーマン向けの「ビジネス書」にしたいということに興味を惹かれたので、詳しく話を聞いてみることにした。
 編集者のMさん曰く、これから企画会議に出すもので、本決まりではないという。ただ、企画を通す自信はあるらしい。
「それでですね、工藤さん。小説は執筆前にプロットを出すと思うんですが、ビジネス書はまず目次を書いてもらうことになっているんですよ」
「目次ですか?」
「ええ。工藤さんはビジネス書を読まれたことはありますか?」
「あー、先日、確定申告の本を買いました」
「あ、いいですね。で、きっとその本には目次があったと思うんですが、それぞれこう、人目を惹くような感じではありませんでしたか?」
 Mさんに言われて最初の数ページを思い出す。言われてみれば確かに、

 還付申告で38万円返ってきた! とか、納めた所得税を全額取り戻す方法! とか、読み手の気持ちをそそるような書き方がしてあった気がする。

「そう言われてみるとそうだった気がします」
「それがビジネス書なんですよ。ビジネス書っていうのは類似の本がたくさんありますからね。読者が判断するのは、まず目次なんです。そこに他社の本にはないような刺激的な見出しがあるとつい買ってしまうわけです」
「あー、なるほど」

 わかりやすい例を挙げてみよう。
「ネット恋愛レッツトライ!」という本と、「パソ恋症候群100の法則」という本があったとする。どちらも第一章に“オンラインゲームで女性と親しくなる”というテーマを持ってきた。内容は、パソコン初心者の女性プレーヤーにそれとなく近づいて、ビデオカードは○○社のあれがいいとか、ドライバはこのバージョンだとか細かいことをいろいろと教えてあげて、少しずつプライベートの話題を聞き出していくと、まあそんな感じである。
 この内容の見出しを、「ネット恋愛レッツトライ!」は、

オンラインゲームで女性と親しくなろう

「パソ恋症候群100の法則」は、

真のオタクこそが一番もてる!!

 としていたら、どちらが目を惹くだろうか。“オンラインゲームで女性と親しくなろう”だったら、もうそのままの内容しか思い浮かばずまったく触手は伸びないが、“真のオタクこそが一番もてる!!”だったら、オタクというのはもてないのでは?→それなのに一番もてると書いてある→いったいどういうことなんだろうと読んでみたくなる人が多いのではないだろうか。
 このように、やや変化球気味の見出しを付けて引き込むというのが、ビジネス書、少なくてもMさんのやり方らしい。

「というわけで、まず目次を書いてメールで送っていただけますか。それを叩き台にして、いろいろと考えていきましょう」
「わかりました。やってみます」
 講談社の依頼と角川書店の依頼があるので、それらが出来てから執筆に取り掛かるということで、とりあえず目次だけ書いてみた。残念ながらその目次は今手元にないのだが、確かこんな感じだったと思う。

人目を惹く文章を書いてみよう

  1. 面白い文章とは
  2. つまらない文章とは
  3. 人目を惹くには
  4. 面白い文章を書くには

 学級新聞の見出しでもここまで簡単ではないだろうという、ビジネス書を馬鹿にしているかのような構成で、私が編集者だったら、(あ、この人じゃ無理だ)とすぐに見限るところだが、Mさんはメールで辛抱強く付き合ってくれた。
「ははは、工藤さん、これじゃ駄目ですよ。もっと、読者に読みたいと思わせる、読者を引き込むような目次にして下さい。あと、数が全然足りないので、もっと増やして下さい。よろしくお願いします」
(読者に読みたいと思わせるかぁ……)
 二週間ほど考えて、書き直してみた。

人目を惹く文章を書いてみよう

  1. 外面より内面を見せろ
  2. 今、ネットで興味を持たれる文章とは
  3. 男の日記でも勝負になる
  4. オチの見せ方あれこれ (以下、この調子で100ぐらい書いた)

「ああ、いいですね。こんな感じです。面白そうじゃないですか」
 彼は気に入ってくれたようで、実際に会って打ち合わせをしようということになった。私の記憶だと新宿で会ったような気がする。無精髭がぼうぼうで、明らかに不審者だったKさんとは違い、Mさんは細身で清潔感溢れる容姿で、しっかりした身なりをしていた。合コンに出席したらさぞかしもてるだろう。KさんやAさんに会う前に、編集者に抱いていたイメージに近い。年齢は私と同い年ぐらいだろうか。
「どうも、よろしくお願いします」
 そんな挨拶を交わした後、ラーメンでも食べながら話しましょうと、私たちはすぐ近くのラーメン店に入った。
「すいません、ラーメンぐらいしか奢れなくて。でも、なんでも好きなものを好きなだけ頼んで下さい」
 そう言われたが、Kさんに料亭でご馳走になった時とは違い、どう考えても好きなものを好きなだけ頼めるという雰囲気ではなかったので、チャーシューメンかなんかを注文した。
「じゃあ早速仕事の話をしていいですか」
「あ、はい。どうぞ」
「えーとですね、企画会議なんですが来週なんですよ。100%通るとは断言出来ませんが、通してみせますので」
「よろしくお願いします」
「それでですね」
 Mさんはいかにも申し訳なさそうな顔つきで切り出した。
「ギャラについてなんですが……」
「はぁ」
「うちは安いんですよね。ほんと、申し訳ないんですけど。上げろと言っても上がらないんですよ」
「いやあ、どこも大変ですから」
「ええ、ほんとすいません。ははは」
「ははは」
「はは……」
「はは……」
「……」
「……」
「……」
「……」

(で、結局のところいくらなんでしょうか?)

 と喉元まで出かかったが、必死にこらえた。どうも出版業界は書き手が先にギャラのことを聞くというのは御法度のようだ。
「えーとですね……」
 しばらく無言状態が続いた後、Mさんは俯いた状態で、小声で語り始めた。
「うちは部数で分かれているんですよ。まず初版は印税ではなく買い取りという形になります。で、二刷で印税になって、5000部までは5%、1万部を超えると7%、5万部を超えると10%になります」
「はぁ……」
 頭の中で整理してみたが、どうやらこういうことらしい。

 まず初版(3000部ぐらい?)は30万円ぐらいで買い取る(源泉徴収されるので受け取るのは27万円)。固定給みたいなものだ。続いて初版が売り切りて2000部追加になると、初版3000部を除いた2000部×定価の5%を30万円にプラスしてもらえる(定価1000円として合計40万円)、1万部まで行くと、30万円+2000部×定価の5%+5000部×定価の7%(同じく定価1000円として合計75万円)もらえる。単純に言えば、売れれば売れるほど書き手有利になるということだ。だが売れないと30万円で終わる可能性もある。書き終わるのに何カ月かかるのかちょっとわからなかったが、もし、3カ月かかったとすると一カ月あたり10万円ということで、赤字と言ってもいいだろう。

「Mさんはどれぐらい売れると考えているんですか?」
 何カ月かかるかわからない仕事が30万円で終わったらどうしようと、やや不安に思ったので聞いてみると、Mさんは顔を上げ、真っ白な歯を見せて答えた。
「5000部ぐらいは行けると思っています。うまくいって7000とか。理想としては1万まで行ってくれればいいなと思うんですけどね。まあとにかく、企画会議で通ればバンバン宣伝してどうにでもなりますよ」

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