第六十七回 森山文佳の事件簿


 私は物を書いて、それを送った後、編集者からの連絡を待つまでの時間が極めて苦手である。別に自信がないというわけではなく、いろいろ指摘をされるのがつらいわけでもない。じゃあなんで苦手なのかと問われると、全部書き直しさせられるような気がして仕方がないのだ。
 中学生の頃、欽ちゃんの仮装大賞に出ようと、毎回応募していた。番組を見る限り、俺のアイデアなら「プッ……プッ…………プッ(あや!?←欽ちゃんの声)プッ……プッ………………カーン フォワワワ~~ンワ~ンワ~ンワ~ンワ~ンワ~ン」なんていうことには絶対にならず、「プッピロロロロロロロロロロロロ(おわー←欽ちゃんの声)ロロロロロロ (おわはあわっはははは←欽ちゃんの声)デデデデー デデデー デデデ(うわー←欽ちゃんの声)ーーーー デデデデーーーー デッドン」で間違いないだろうと、自信を持って応募用紙にアイデアを書き込んだのだが、何度応募してみても番組のスタッフから電話がかかってきて、

「いまいちだなぁ」
「理屈では可能だけど、面白いかどうかは別だよねぇ」
「これは作るの無理でしょ」
「今回もちょっとね」
「ひねりがないなぁ」
「アイデアが弱いね」

 と、ボツになった。

仮装大賞出場への流れ

  1. はがきを送って応募用紙を取り寄せる
  2. 応募用紙に連絡先と仮装のアイデア(図で説明するようになっている)を描いて送る
  3. このアイデアで問題なしということになると予選会出場通知はがきが送られてくるのだが、これじゃ駄目だということだと番組のスタッフから電話がかかってきて、どこが駄目なのか、どうすればよくなるのかということを話し合う
  4. スタッフの助言をもとに再び仮装のアイデアを送る。OKなら予選会出場、駄目なら3と4の繰り返し
  5. 予選会を突破すると本戦出場(1万円もらえる)

 結局、中学の3年間で30ぐらいアイデアを送ったがただの一度も予選会へ行くことが出来なかった(ちなみに、友人の北田君は初めての応募で通った)。普通、小説家になろうなんていう人間は、幼少時や学生時代にいかに他人とは違っていたかを示すエピソードがあるものだが、私の場合、仮装大賞の本戦、予選会出場はおろか、その手前の書類審査にすら一度も合格できなかったという、経歴を語る上でまったくプラスにならないエピソードしかない。
 13歳から15歳という多感な時期に、自信を持って送り出したアイデアを全部否定されるという経験をした私が、編集者からの連絡というものに対して苦手意識を持っている理由を多少なりともわかっていただけたのではないかと思う。

(大丈夫だと思うんだがなぁ……)
 やや不安げにKさんからの連絡を待っていると、電話の着信音が鳴った。
「もしもし工藤ですけど」
「あ、Kです。原稿読ませていただきました」
「はぁ……」
「ま、これでいいんじゃないでしょうか」
 全部書き直しじゃなくて本当によかったと、ほっとしてこたつのテーブルの上に腰掛けると、Kさんが言った。
「でさ、タイトルどうする?」
「あ」
 ハムスター以来、タイトルを付けるということに縁遠かったので、まったく考えていなかった。私のタイトルセンスに問題があるのか、それともそういう倣わしになっているのか、多分前の方だと思うのだが、私の文章のタイトルはほとんど編集者が決めることが多い。今回もKさんに決めてもらえばいいかなと適当に相づちを打っていたら、
「じゃあさあ、頼まれた時だけ推理するという探偵だから、アルバイトの探偵っていうことだろ。で、主人公の名前をくっつけて、『アルバイト探偵 森山文佳の事件簿』でいいか」
 ということになり、
「あー、いいんじゃないですか」
 と同意して、あっさりとタイトルが決まった。ちなみに主人公の名前を森山文佳にしたのは、ゼイラムとお笑いまんが道場でお馴染みの森山祐子と、レースクイーンの鈴木史佳のファンだったからくっつけてみたというわけではなく、学生時代、「俺が小説家になったらおまえの名前を主人公に付ける」と、女友達と約束していたからである。フルネームというわけにはいかないから、彼女の名前と響きのいい名字をくっつけてみたというわけだ。
「んじゃ、後でゲラをFAXで送るから校正してよ」
「はい」
「……」
「……」
「……あ、そうそう」
 Kさんは電話を切る前に、何か言い忘れたことはないかと無言で考えるタイプの人で、こちらから切らないように注意しなければならない。
「一応、イラストを入れるつもりなんだよね。文章だけっていうのも味気ないじゃん」
「あー、確かにそうですね」
「今、イラストレーターさんを探してもらっているからさ。お楽しみに。じゃ、また」
 こうして電話は切れた。

「というわけで、無事OKになったよ」
「よかったぁ」
 夜、テレビを見ながら彩実ちゃんに電話して、Kさんから電話が来てうんぬんということを話すと、彼女は嬉しそうにそう言った。
「でも、問題は読者アンケートだよな。その結果が芳しくなかったら、一回で終了なんだから」
 私は出版社に勤めたことはないからよくわからないが、雑誌において読者アンケートは絶対だろう。有名なのは週刊少年ジャンプの読者アンケートだ。巻頭カラーでド派手に始まった新連載漫画も、アンケートで上位に来なければすぐ打ち切りだ。鳥山明の大傑作『ドラゴンボール』も最初は危なかったと風の噂で聞いたことがある。実際、神龍を出してウーロンがパンティをもらった辺り、悟空が金斗雲に乗ってどこかへ行って終わりという回があったと思うが、最後の大ゴマに「最終回じゃないよ」だったか「まだ続くよ」だったか、とにかくそんなことが書いてあった。人気があれば悟空がどこへ行こうがこれで終わりかと思う人はいないだろうから、ああいうことを書いたということは終わるような雰囲気が読者側にあったということだろうと私は思う。
 あの鳥山明でさえ大変なのだから、私がクリアするのはもっと大変だろう。
「大丈夫。わたし、『すごく面白かったです、ずっと見たいです!』って書いて送るから、一通は確実だよ」
「彩実ちゃんの一通で終わったら駄目だろうな……」
「もう、なんで、そうやって悪い方に考えるの」
「いや、なんとなく言ってみただけ」
 これ以上考えると更に暗くなりそうなので、話を変えることにした。
「ところで原稿料ってどれぐらいなのかなぁ」
「え、編集さんは教えてくれなかったの?」
「うん。いつもは聞く前に教えてくれるんだけどね。今回は珍しく何も言わないんだ。もしかしてむちゃくちゃ安いっていうことなのかな」
 報酬の話というのはどんな職業の人でも大概そうだが、極端に悪かった時の話しかしないものである。ネットで少し検索してみたのだが、“もらえなかった”“出版社が潰れた”“原稿用紙1枚につき100円だった”など、参考例がまったくなかった。青い鳥文庫の小説を腰を据えて書くためにも、ある程度の額がわかれば助かるが、すいません、原稿料っていくらですか? とこちらからは聞きにくい。
「あんまり安いなら、もうバイト始めなくちゃなあ」
「仕事、いっぱい頼まれているのに……」
「うまく回り出せば多分やっていけるよ。まあとりあえず、まだいくらかお金は残っているし、しばらく大丈夫」

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