第七十一回 二人の計画


「……ほんとに?」
 彼女の言葉を受けてすぐ、私は尋ねた。そうだと返事をしてくれという気持ちをぎゅうぎゅうに詰め込んで。

男「結婚っていいよね」
女「うん、憧れる」

 と言った曖昧な会話ではなく、

男「おまえと結婚すると思っている」
女「わたしもそう思っている」

 である。

「結婚すると思う」というのはイコール「結婚してもいい」ということなのではないだろうか。ノリと言えばノリなのかもしれないが、場面的にはどちらかというとマジであったし、そう思いたかった。
 彩実ちゃんの返事を待っている間、この状況なら普通はいい返事があると思いつつ、でも、なにしろ相手が俺なんだから駄目ということもありうると心配していた。「もちろん、約束は出来ないけどねっ♪」などと♪マーク付きで言われたらどうしようと、不安感が1秒ごとに大きくなっていく。

 答えを待つ時というのは、自分のことを受け入れられた機会が多いほど、前向きな気持ちでいられると思う。だが、私は受け入れられた機会の少ない人間だ。25を過ぎたらバイトの面接は断られるのが当たり前、履歴書を送れば今回はご縁がなかったと返ってきて、誰かに告白すれば「ありがとう。気持ちは嬉しい。でも(以下略)」という答えが当たり前のように返ってくる。
 自分自身には自信が持てる、だが、人から見た“自分”というものにはまったく自信がなかった。つまり、主観的には『自分最強』なのだが、客観的に見ると高校を出てうだうだとアルバイトをして、特別な努力はせず、それでいていつか小説家になるなどと言っている自分がかなり駄目な人間ということに気がついていたのだ。バイトの面接がうまくいかないのも、履歴書が戻ってくるのも、女性に告白しても遠回しに振られるのも全部理由はわかっていた。
 本を一冊出したところで、その気持ちが変わっていたわけではなかった。俺は周りから見れば駄目な部類の人間なのだという気持ちを払拭し切れていなかった。

(……)

 私は、彼女に尋ねた後はただ黙って、彼女の目を見るしかなかった。

 彩実ちゃんは照れくさそうに笑っていて、もぞもぞと体を動かし、少し下唇を噛みしめていた。やがて、空いている手で私の左手を取り、まるでお遊戯のように両手をつなぐ形になって、彼女は口を開いた。

「うんっ」

 そしてこう続けた。

「わたしのこと、一生、大切にして下さい」

「……」

 まず耳が、そして頬が、あとは順番など付けられずとにかく体中が熱くなり、わけもわからずに大きな声を出して海に飛び込みたくなった。自分が受け入れられるという至福の喜びを改めて知った。

「あ、あの……」
「うん」
「あらたまると変だけど、あの」
「うん」
「一生大事にするから」
「うん。信じてる」
 いつまでも慣れない動作で、どう手を回せばいいのかなと考えつつ、とにかく彼女を包み込むように抱きしめた。彼女は私の胸に頭を寄せて頷いた。

 ――この日

 二人で相談して、仕事が一段落した時点で彼女の実家へ行き、ご両親に挨拶した後、泊まりがけの旅行へ行くことを決めた。

 いつにも増して幸せなクリスマスが過ぎ、楽しい年末年始が過ぎ、そしてオリジナルショートミステリである『アルバイト探偵 森山文佳の事件簿』が掲載されているはずのナンクロ2月号の発売日がやってきた。
 いつものダウンジャケットにいつものサンダルで愛車にまたがり、ペダルを踏んで書店へと向かう。出版社からちゃんと雑誌が届くことになっているのだが、大抵発売日から2日ぐらい遅れてしまう。それだったら自分で買った方がいい。送られてきたのは彩実ちゃんでも羽賀君(仮名)でも、とにかく誰かにあげればいいのだから。

 書店に行ってコーナーを見ればわかるが、パズル雑誌はとにかく種類が多く、また雑誌のタイトルがみんな似てる。

(これは……ナンクロって書いてある、あ、『ナンクロプラザ』か。じゃこれは……うわぁ、『ナンクロ館』だって、あ、これかな……違う、『ナンクロメイト』だった)

 まるで神経衰弱のようだ。本棚から取り出しては表紙を見て元に戻し、また本棚から取り出しては表紙を見て元に戻し、とその繰り返し。

(お、これもナンクロって書いてある)

 ぎゅうぎゅうに押し込まれた棚から背表紙を摘むように引っ張って、表紙を見る。

(ナ、ン、ク、ロ だよな。ナ、ン、ク、ロ ナ、ン、ク、ロ)

 右手の人差し指で文字を叩きながらしつこく復唱して、ナンクロ以外に文字が入っていないのを確認した。『ロードショー』を買ったつもりが『スクリーン』だったり、コーヒーの所を押したらなぜかミステリードリンクの所で、なんだかわからないジュースが出てきたりする人間なので、類似の商品がある場合は慎重を期す必要がある。間違いない、これが世界文化社から出ている『ナンクロ』だ。
 周囲を見回した後、表紙を右手の親指の腹でこするようにめくり、目次を見る。

森山文佳の事件簿と書かれている目次

第一話掲載のナンクロが見あたらないので第二話掲載のナンクロの目次

(あったあ~~~~~~~~~~~~)

 ~を音引きとして使うのは邪道なのかもしれないが、気分はまさに~×12だ。市販本で自分の名前を見るとなぜか無性に笑いたくなってくるのが不思議だ。その辺の人を掴まえて「ぎゃははははは、ちょっと見て、工藤圭だって。あははは、ちゃんと工藤圭って書いてるよ」と目次を見せながら言いたかったが、どこかに連れて行かれると困るので、そそくさとレジへ行って購入し、自転車のペダルを思いっきり踏み込み、帰路についた。

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