第七十二回 眠れない夜


 家に帰ってすぐ、ダウンジャケットをその辺に放り投げ、部屋に入って袋から『ナンクロ』を取り出して、もう一度目次を確認してから『アルバイト探偵・森山文佳の事件簿』が掲載されているページを開く。

森山文佳の事件簿 扉

(うわ……)

 まず思った。
(名前がでかい)

金田一に掲載されている名前森山文佳の事件簿に掲載されている名前

左が金田一で、右が森山文佳

 金田一の時の大きさとはまるで違う。字の大きさの違いがそのまま文責の大きさの違いに思えて身震いがした。そして、次に目に映ったのはイラストだった。校正をした時には入っていなかったのだが、空けられていたスペースに美麗な絵が収められている。

森山文佳のイラスト

個室トイレでの殺人の謎に挑む森山文佳。イラストは柳田香菜子先生

 小説家というものをわりと早い段階(中学生ぐらい)で目指し始めた場合、通る道はある程度決まってくると思う。

  1. 主役は自分、出てくるのは友達という話を書く
  2. 一人で書いていてもつまらないので、リレー小説をやろうと言い始める
  3. 絵が好きな人を見つけて、イラストを描いてくれと頼む
  4. 同好の人を発見し、サークルのようなものを作る

 私の場合、1と2を実行した。ちなみに、2(リレー小説)に関して、アメリカの第32代大統領フランクリン・ルーズベルトが原案を作り、ヴァン・ダインなど当時の人気ミステリ作家たちが参加した『大統領のミステリ』に感化されて、中学の時にみんなに呼びかけてやろうとしたことがある。確か私が、担任が校内で殺されるという所から始め、バスケ部の高田君(仮名)につないだが、次の、ファミリーベーシックを持っていた帰宅部の奥山君(仮名)であっさり止まった。
 3と4をやらなかったのは挿絵というものにあまり興味がなかったし、周囲に小説を書いている人なんていなかったからだ。

 で、結論として何が言いたいのかというと、小説家志望というのは自分がやっていることを誰かに理解してほしいという欲求がものすごく強いということである。小説に友人を登場させる、リレー小説を始める、イラストを依頼する、サークルを作る、みんなそうだ。
 部活に入っていればそれがアピールとなる運動系、見れば誰でもうまい下手がすぐわかる絵や漫画なんかと違い、小説の世界で多くの人に認められるためには相当なレベルまで行かなければならない。文芸部というのもあるが、どこにでもあるものではないし、あったとしても他の人とノリが合わないということも多い。
 自分の文章をみんなに読ませようというぐらいだから自意識過剰気味だし、自己顕示欲が強いのに、自分を他人にアピール出来る場がほとんどない。だから、“誰かと一緒に何かをして”“自分を理解してもらう”ということに強く憧れるのだ。

 私の場合、リレー小説は失敗だし、同人誌なんかにもまったく縁がなく、共同作業とか誰かに理解してもらったと思った経験が皆無に近かったから、自分が書いた小説に赤の他人であるプロのイラストレーターさんが描いてくれた絵が付いているのを見た時、凄まじいほどの感動があった。最初の大仕事は青い鳥文庫というのが頭にあって森山文佳には感動の予感がなかったから、ものすごい衝撃だった。繰り返しになるが、まったく知らないプロのイラストレーターさんが、私の小説を読んで、世界観を理解してくれ、仕事とはいえわざわざ絵を描いてくれたのである。

 この感動を一刻も早く共有したいと興奮状態でスキャナをセットして、ページを取り込み、彩実ちゃんにメールで送った。

 圭くん、おはよう!
 送ってもらった小説、見たよ(^-^) すごくいい感じだね~。早速友達に報告しちゃった(笑)。会社帰りに絶対買ってアンケート出しておくからね(*^-^*)

 彩実ちゃんからの返事を見てまた嬉しくなって、雑誌を開いた。
 昼食を食べてまた開き、夕食を食べてまた開き、風呂から上がってまた開き、我ながらしつこいと思ったが、とにかく何度も何度も『森山文佳の事件簿』のページを開いた。
 何回開こうが確かにそこには私が書いたミステリが掲載されていて、名前があって、イラストがある。
 そのうち机の上を書店の平台に見立てて、そこに雑誌を置き、たまたま手に取った人がどういう感じでこのページを開くのか、とか、ものすごく適当にページをめくったら『森山文佳の事件簿』は目に入るのだろうか、とか、シミュレーションを行い始めた。最終的に雑誌に癖がついて、開くと『森山文佳の事件簿』のページが出てくるようになった。額に触っただけで血が出てくるアブドーラ・ザ・ブッチャーみたいなものだ。
 金田一の時とは比べものにならないほど執筆期間は短い。向こうはなんだかんだで二カ月かかっているがこっちは10日ほどだ。量だって向こうは本一冊だが、こっちは見開き2ページだ。ところがどういうわけか、金田一の時と同じぐらい、下手したら金田一以上に嬉しくて仕方がない。
 イラストの件を差し引いて、どうしてこんなに嬉しいのか冷静になって考えてみると、『森山文佳の事件簿』は記念すべきオリジナルのデビュー作だということに気がついた。

 0時を回ってそろそろ寝ようかと思ったが、目が冴えて眠れない。机の上に置いてあるナンクロを手に取り、『森山文佳の事件簿』のページを開いて窓に立てかけてみた。やっぱりタイトルがあって、私の名前があって、イラストがある。
 ナンクロはパズル誌だ。ミステリが好きな人以外には、このたった2ページの小説は簡単に読み飛ばされるだろうし、ミステリファンにも相手にされないかもしれない。だが、作者として大きく名前が刻まれ、私が生み出したキャラクターが目の前に姿を現してくれたこの小説を、私は生涯忘れないだろう。

 1時を回り、2時を回り、結局寝たのは明け方の6時頃だった。雑誌を開いたり、見ていたり、それだけで朝になっていた。
 昼過ぎに起きてすぐ、机の上に手を伸ばして、雑誌を持って開いた。あれはやっぱり夢だったんじゃないか。ここ一年の出来事はすべてそんな風に思えるものだった。だが、すべて現実だった。

 そして――

 今回のこともやっぱり現実だった。

(……)
 私は本を持ったまま仰向けになり、天井を見つめた。

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