第七十四回 編集者への質問


 私とOさん、そして他の編集者さんたちとの話は和やかに続いていた。しかし、どうも違和感がある。
(……)
 窓側に向かって立っていた私はクッキーを摘みながら、ちらりと右横を見た。
 受賞者は確か5人ぐらいだったはずで、編集者を入れても部屋にいるべき人数は10人ぐらいだと思うのに、なぜかその倍はいる。そして残りの10人たちは、明らかに線を引く形で、向こうの方でざっくばらんに雑談を交わしている。女性ばかりのこちらとは違って男性が妙に多いのも気になる。
(あの人たちはいったい何者なんだろう)
 小首を傾げながらクッキーを前歯でかじった。
「ねえ、工藤君」
「え……あ、はいはい」
「講談社では誰が担当に付いているの?」
 Oさんが言った。
「えーと、Aさんっていう、はやみねかおるさんの担当をしている人です」
「あ、はやみねさんの担当さんなんだ!」
 Oさんが、最初は驚いて、そして嬉しそうな表情をして言う。
「はやみねさんは私たちもすごく注目しているんですよ。優しいストーリーを書かれる方ですよね。そうか、今度、Aさんにも是非お会いしたいなぁ」
「他社の編集者同士で会ったりするんですか?」
 私がそう聞くと、Oさんは隣にいた、細身で温和な雰囲気の若い男性編集者―Iさん―に顔を向けて言う。
「しょっちゅうじゃないけど、わりとあるよね?」
「ええ。この間、講談社の編集者と飲んだかな。小学館の方もいましたよ」
「別にわざわざ時間を作って会うっていう感じではないんだけど、使う店が結構同じだから顔を合わせると情報交換とかするの。あの本は面白いとか、あの新人はいいものを書くからチェックした方がいいとか」
「……だけどコンタクトの取り方は教えてくれない」
 少し離れた所で他の編集者と話していた、黒っぽい服を着た凛々しい感じの女性編集者―Sさん―がいつの間にか輪の中に入っていて、囁くように言う。
「それはお互い様」
 Oさんの言葉で場が笑いに包まれる。
 漫画の世界では聞いたことがあるけど、小説の世界にも編集者の横のつながりってやっぱりあるんだと少し驚いた。そう言えば新聞のインタビューで、鈴木光司が自分は物書きの仲間より担当の編集者を集めて飲みに行くことの方が多いと語っていたのを読んだことがあるが、そういうのも編集者同士の情報交換の場になっているのかもしれない。
「そうだ、聞いてみたいと思っていたんですけど」
「うん、なに?」
「今回の選考っていうか、それはどういう風にしてやったんですか?」
「えーとね、どこから話そうか」
 OさんがSさんに向かって言うと、最初からでいいんじゃない? と笑って答える。二人は年齢も近い感じですごく仲が良さそうだ。
「工藤君はうちの賞をどうやって知ったの?」
「あ、えーと、確か公募の本でした。名前はなんだったかな、公募なんとか、なんか忘れちゃいましたけど」
 私の言葉を聞くと、Oさんは口元を綻ばせる。
「実はね、そういう本に情報を載せたのは初めてなのよね。雑誌にだけ載せていると似たような方向性の小説が多くなっちゃうから、もうちょっと、今までよりも広い層にアピールしようっていうことだったんだけど」
「だから応募数は過去最高だったよね」
「うんうん。60歳ぐらいの人からも応募があったりして。ほんと、読むのが大変だった。だって、段ボール箱にぎっしり入ってるんだもん」
「それで、読んでいって、日本語になっていないっていうか、筋が読み取れないようなものは落としていって、二次で今度はストーリーの優劣で選考して、最終的に読者審査員と私たちで賞を決めてね」
「あ、だけどさ、多少日本語が間違っているぐらいでストーリーが面白かったのは残したよね」
 SさんがIさんに振ると、
「そうですねー、文章は後から直せますからね」
 と彼は頷いた。

 話を聞いている限り、一次選考の時点で編集者が応募作品すべてに目を通したらしい。やはり、誰かに確実に読んでもらえるという点で、原稿は持ち込むよりも賞に応募した方がいいのかもしれない。

「あの、もしかして工藤さんですか?」
 いきなり後ろからそう声を掛けられた。振り返ると、若い女性がにこにこと笑いながら立っている。
「はあ、そうですけど」
「わたし、Nと申します。あの、一緒に賞を受賞した」
 名前を聞いてどきっとした。彼女はかなり個性的なペンネームだったので、いったいどんな女の子なんだろうと高松君と話していたのだ。だが、目の前にいる女性はごくごく普通の、さっぱりとした感じの人だった。恐らく、私より何歳か年下だと思う。
「あ、どうも、あの、工藤です」
「ハムスターの方ですよね」
 会う人会う人にハムスターの人ですかと聞かれることに、そろそろ慣れ始めていた。
「ええ、そうです」
「そうかぁ、やっぱり男の人だったんだ。圭っていう名前だったから女の人かなとも思ったんですけど、担当の人から男の人だよって聞いて」
 とりあえず名刺交換だとお互い名刺を差し出していると、また一人、眼鏡を掛けた細身の女性が声を掛けてきた。
「あの……これはひょっとして小説の受賞者の集まりかなんかでしょうか?」
「だと思います、今のところ、二人しかいませんが」
「あ、そうなんだ、よかった。なんかいっぱい人がいるからわからなくて。あの、わたし、後藤と申します」
 名前を聞いてどきっとした。彼女は私と読者大賞を争って見事受賞した“後藤文月さん”で、「仲良くなってなんか奢ってもらえないかな」とこれまた高松君と話していたのだ。
「あの、ハムスターの方ですよね?」
「あ、そうです」
「うわぁ、ほんとに男の人だったんだぁ!」
 後藤さんの言葉を聞いて、Nさんが笑った。
「なんか、わたしと同じこと言ってますよ」
「あ、そうなの? でもさぁ、やっぱりびっくりしちゃうよ。だって、『あたしの彼はハムスター』だよ。名前も圭って女性でもある名前でしょ。もう絶対、可愛らしい女の子が書いたんだと思った。そうしたら、担当さんから男の人だよって言われてほんとかなってずっと会うのを楽しみにしていたの」
 すっかりハムスターの人で定着しているようなので、もう今後の自己紹介は、全部、『ハムスターの人』でいいやと思った。
「向こうにいる人たちはどういう人たちなの? 小説の人たちではないよね?」
 後藤さんが細い顎に手をやりながら聞くと、Nさんが答えた。
「なんか、コミックの新人賞の授賞式も一緒にやるみたいですよ」
 ああ、漫画家の人たちか、などと頷いていると、私たちの視線に気がついたのか、向こうにいる髪を染めた編集者がこちらへ向かって歩いてきた。
「どうも、こんにちは」
 日焼けしていてものすごく若々しく爽やかな容姿だが、名刺を見ると月刊コミック誌の編集長と書いてある。確かに頭が切れそうでやり手の雰囲気だ。
「原作などでお世話になると思います。その時はよろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
「○○さん、部長が来たので始めましょうか」
 誰かが部屋の端の方から編集長に声を掛けると、編集長はわかったと笑顔で返事をした。

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