第七十五回 授賞式


 どうやら授賞式が始まるらしいということで、編集者は私たちに、隣の部屋に移動して用意されたパイプ椅子に座るように言った。
 授賞式の会場にしては装飾品のないこざっぱりとした部屋だったが、ホテルの部屋っていうのは案外そんなもんだろう。
 授賞式に関してはかなりおぼろげな記憶しかないのだが、確か、漫画家さんたちが前、私たち物書き系は後ろに座り、編集者たちはそのまた後ろに並んで立っていて、部長さんや編集長たちが祝いの言葉を述べる、というような感じだったと思う。受賞者が前に出てスピーチをするとか、歴代受賞者から電報が届いているとか、その手のイベントは一切なく、淡々と進行していった。そして、「売れっ子というのは、案外、大賞受賞者よりも佳作受賞者などから出て来るものだ」といった部長さんの心強い祝辞の後、集合写真を一枚撮られた。

「なんか、卒業式みたいだったね」
 お菓子の部屋に戻った私は、何度かネクタイの位置を直しつつ、クッキーを摘みながら言った。後ろにずらりと並んだ編集者は担任の先生みたいだし、部長さんはまるで校長先生だ。
「確かに、なんか久しぶりの雰囲気だったかも」
 後藤さんやAさんがそう言いながら頷く。
 そして、懐かしい雰囲気とは別に、重苦しい空気を皆が感じていた。華やかな場であるはずなのに、なんであんなに息が詰まるような感じがあったんだろうか。
「お疲れさま」
 耳の後ろを右手の人差し指で掻きながら理由を考えていると、OさんとSさんが笑顔で歩み寄ってきた。
「確かにちょっと疲れました」
「ふふ、そうなの?」
 Oさんはそう言って笑った後、手に持っていた筒を胸の前辺りに持ってきて言う。
「それじゃ賞状渡すね」
(おお……)
 私は心の中で声を上げた。実は、私が授賞式で一番楽しみにしていたのは賞状をもらうことだったのだ。

 ズームイン朝など地方局が参加する朝の番組を見ていると、地元の天才少年がよく紹介される。野球少年でもサッカー少年でもバレー少年でも、後ろの棚にずらりと並んでいるのは賞状やトロフィーだ。自分の子供の努力を世の中が評価してくれているということで、子供の横でにこにこ笑っている両親としても満足だろう。
 私の場合、物を書き始めてから20年近く経過しているが、物を書くことで何かをもらったことが『ゲームボーイ』誌の仕事で小切手をもらったことを除くと、ただの一度もない。一度も他人から評価されたことのないことを20年もやっている子供というのは、親からするとどう見えるのだろうか。

「え、作文コンクールとかあるじゃん。新人賞は難しいかもしれないけど、そういうのだったら参加賞ぐらいはくれるんじゃないの?」

 と思う方もいるだろう。
 最近、うちのサイトを知った人も多いと思うのでもう一度書くが、私は中学の時、生徒会長だった。普通、生徒会長っていうのは頭がよくて、教師からも一目置かれているような存在だと思うが、定期テストで260人中210番台の私は違っていた。
 卒業式当日、卒業生代表のスピーチをなぜか副会長の和多田君(仮名)が行った。何がすごいって、彼がやることをまったく知らされていなかったことだ。
(あれ……これって俺の役目じゃないかな……)と壇上の和多田君をいぶかしげに見ていると、当時、二十代後半の、社会科の宮田先生(仮名)が折り畳まれた厚紙を持って近づいて来て、私に囁いた。
「工藤はこれを読んでくれ」
 開いて見てみると、そこには墨で、

卒業生より贈呈 花びん一基

 と書かれていた。和多田君が既に1200文字は喋っていることを考えると、その100分の1である12文字というのは生徒会長にしてはかなり少ない。(え、これだけ……?)と呟きかけた瞬間、宮田先生は“一基”という部分を指しながら心配そうな口調で言った。

「工藤、おまえ……この字読めるか?

 読めるよ!(笑)

 だが、教師が抱く、総合偏差値40台の人間に対しての認識は大抵こんなものらしく、教科書を朗読するにしてもわざわざ難しい漢字が含まれている部分を避けて指してくれるような状態で、私に作文コンクールへ参加するように勧める教師なんて一人もいなかった。また、私は私で、名の知れた文学賞を取ろうと思っていたため、作文コンクールは無視していた。多分、応募していたとしても何も取れなかったとは思うが、とにかく、賞の類にはまったく縁がなかったということだけは断言出来る。

「えーと、じゃあ、これは工藤君」
 Oさんから筒を受け取って、蓋を開けて思わず中を片目で覗いた後、賞状を親指を使って引っ張り出した。
「賞状もらったのなんて何年ぶりだろう」
 そんなことを言って、筒を脇の下に挟み、丸まった賞状を開く。

賞状

久々に見た

 真新しい紙に、印刷ではなく、直筆で書かれた“角川書店”“期待賞”そして、“工藤圭”の文字。

(……)

 やっとだ。
 私は思った。

 やっと、母親の遺影の横に飾れるものを手にすることが出来た――。

 賞状を両手で持って感慨に浸っていると、Sさんが後藤さんを呼んで言った。
「賞金を渡すけど、印鑑持ってきてくれたよね?」
「はい」
 え……印鑑ないと賞金もらえないの? と思ってOさんを見ると、私の疑問が伝わったようでOさんはすぐに口を開いた。
「工藤君の場合は必要ないから。うん」
 後藤さんが受賞した読者大賞の賞金は10万円で、私が受賞した期待賞の賞金は1万円、二桁になるといろいろと手続きが必要らしい。
(10万円かぁ……10万もあればハードディスクを交換出来るし、メモリも積めるよな。彩美ちゃんの誕生日プレゼントを買うのに、CDを売ることもなかったな)
 確認のためということで袋の外に出された10万円を横目でちらちらと見ながらそんなことを思った。

(あ……)

 そして、私は気づいた。

 なぜ、授賞式があんなに重苦しく感じられたのか。

 部長さんやコミック誌の編集長の言葉の端々から、担当編集者を付け、新年会に呼び、授賞式を行い、と、君たちを売り出すために我々は既に投資を始めているのだという、出版社の意識を感じたからだ。
 私が面白いものを書いて、それが売れれば出版社は得をするし、つまらないものを書けば出版社はお金をドブに捨てることになる。
 プロの作家として本を出すということは、出版社、ファンなど、自分に関わるすべての人間に、彼らがこれまで働いて得た大事なお金を使わせるということなのである。
(そうか……そういうことなんだよな)
 これまでは作家志望としてやっと来て、当然、無償で文章を書いていたわけだが、これからはお金が絡んでくる。

 私はOさんから一万円札が入った袋を受け取った後、賞という字をじっと見つめた。

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