第百四回 主題を探せ!


「テーマがない……」

 青い鳥文庫のボツを経験していなかったらこの言葉は出てこなかったかもしれない。それ以前には小説のテーマなんて考えたことはなかったのだから。
 テーマとは小説、映画、絵画、漫画、ありとあらゆる創作物の批評でよく使われる言葉だが、それが存在しないということはどういうことなのか。私なりに解釈するならば、作者が作品を通じて世の中に言いたいことなんてなに一つないということだ。つまり、私は読者に対して特に伝えたいことはない状態で『あたしの彼はハムスター』という小説を書いたということになる。
 ここまで読んで突っ込みを入れたくなった人はかなりいるだろう。
「ちょっと待て。テーマがない小説なんてあり得るのか? 小説に限らず創作物にはあって当然というものじゃないのか。だいたい、あんたのその小説はなんとか賞を取ったんだろう。そういう小説でテーマがないってどういうことなんだ」
 確かに、私が小学生のときに毎日のように読んでいた小学館入門百科シリーズの『まんが入門』(赤塚不二夫監修)にも“まんがを描く前にまずテーマを決めよう”というようなことが記されていたように記憶している。しかし、理想や常識がどうであれ、テーマがなくても評価を受ける物語は成立してしまうのだ。少し長くなるが一例を挙げてみよう。

 とある青年が自宅近くの廃屋に謎の二足歩行生物が住み着いているという話を聞いたとする。しかし、みんな怖がって確かめようとしないので詳細な情報は伝わっていない。どんな生物がいるのかどうしても知りたくなったので、青年は勇気を振り絞って一人廃屋へ向かった。

廃屋

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 ドアの前で一つ深呼吸をし、意を決して扉を開けた。

ドアノブ

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 すると以下のような生物がいた。

グレイタイプの宇宙人

ファイル:Alienigena.jpg - Wikipedia

 青年はひどく驚いて逃げようとしたが、転んでしまいiPhoneを落としてしまった。謎の生物はiPhoneを拾い上げ、器用に操作して動画を見始めた。落ち着きを取り戻した青年がその様子を観察していると、生物は映画でもアニメでもなくアイドルのイメージビデオを好んで見ていることがわかった。青年はPSPをリュックから取り出して、DMMのダウンロード販売で購入したアイドルの水着動画、着エロの動画、AVの動画と見せていって生物の反応を観察し、「宇宙人もやっぱAV好きなんすか?」と聞いてみた。

 青年のこの冒険譚にはなんのテーマもない。はっきりいってくだらない。しかし、帰宅した青年が友人を呼んで「自分は例の廃屋で宇宙人みたいな生物に会い、人間の女に興味があるようだったので着エロとAVを見せて、『宇宙人もやっぱAV好きなんすか?』と聞いた」ということをリアリティたっぷりに話したら、友人は間違いなく「それでどうなった」と話の続きを聞きたがり、どんな結末でも面白く思うだろう。
 テーマなどは置かず“普通ではあり得ない状況”だけを設定し、そこで起こした行動、得られた反応だけを書いたとしても、いわゆる「お話し」を成立させ、人から「面白い話を聞いて満足した」という感情を引き出すことは充分可能なのだ。

 面白いかどうかはとりあえず置くとして、『あたしの彼はハムスター』はまさしくこういう条件で成立した話で、

 あるアクシデントをきっかけに心がハムスターに乗り移ってしまった男性が彼を好きだった女性と共に様々なトラブルに巻き込まれる

 人間だったらどうにか対応できるトラブルでも、彼の体はハムスター。いったい彼はどう対応してピンチを乗り切るのか、その方法を記している

 と、“普通ではあり得ない状況”、“そこで起こした行動、得られた反応”だけしか書かれていない。読む前の「彼氏がハムスターってどういうことだろう」、読んでいる最中の「ハムスターの体でこんなピンチに見舞われてどう切り抜けるんだろう」「最後はどうなるんだろう」という読者の疑問に対する回答の提示、簡単にいえば話はそれだけだ。それで賞を取ったということは、作者がテーマを設けていないストーリーであっても、400字詰め原稿用紙100枚程度であれば、読者を惹きつけて、ある程度満足させることが可能ということの証明になると思う。

 参考までにグレイタイプの宇宙人にAVを見せた話に後付けで無理矢理テーマを持たせるならば、

 ある町に住む青年は、とても優しい性格だが内向的なので未だに友達がいない。そんな彼は自宅近くの廃屋に宇宙人がいるという噂を聞き、行ってみることにする。

 宇宙人と遭遇した青年は心底驚いて気絶するが、宇宙人は彼を介抱し、それがきっかけで仲良くなり、青年は自分が大好きなAVなどを宇宙人に見せてあげたりする。

 AVに出てくる女優と男優の会話とエロ漫画で日本語を覚えた宇宙人は、青年に「わたしは頭とかこんなにおっきくなってるけど気が弱くて人間に会いたくないのでずっとここに隠れている。でももう我慢できない、らめぇ、外に出してぇ」という告白をする。

 青年は町の人たちに宇宙人の気持ちを訴える。それがきっかけで宇宙人は人々に受け入れられ、内向的でよくわからないと思われていた青年も「なんだ実は気の優しいいい奴なんじゃないか」と理解され、友達がたくさんできる。

 作品のテーマ

 人は殻に閉じこもっているばかりだと他人に理解されないが、たった一人でもいいから真の友達ができれば、彼を介してたくさんの人に認められる可能性がある(ここでいう“人”は青年にも宇宙人にも当てはまっていることはいうまでもない。主役二人に当てはめることでより強いメッセージ性を持たせる)。

 とまあ、平凡の極みだが、こんな感じにするのが一つの解になるのではないだろうか。

「テーマがない……か」
 私はさっき呟いたばかりの言葉をもう一度繰り返した。
 不意に若い頃、感熱紙に印刷した私の小説を読んでくれていた友人の丸川君(仮名)が、笑顔で私に語った言葉が頭をよぎった。

「工藤の文章って面白いし読みやすいんだよね。でも、最後まで読んでもなにも残らないんだよなあ。あー、面白かったで終わり。内容なんてすぐに忘れてる」

 当時はポジティブ思考だったので、「面白いし読みやすい」という感想だけを心の中でピックアップし、「なにも残らない」という批判についてはあまり深く考えず、「まあ人によってそれぞれ思うことはあるよね」と切り捨てたが、実は感想の中で一番重要だった部分を無視していたということになる。
 テーマがなくてもアマチュアが編集者に見出される程度の輝きは作り出せるのだろう。しかし、プロの小説家の作品としてはまったく物足りない。おまけに書こうとしている作品は長編だ。“普通ではあり得ない状況”、“そこで起こした行動、得られた反応”のみで読者を引っ張るのは難しい。
 思い返せば、青い鳥文庫用の小説にもテーマはなかった。Aさんの要求に応えるのに精一杯で自分が物語を通じて伝えたいことなどなに一つなかった。テクニックが未熟だったからというのも当然あるが、テーマがないということがあの作品の淡泊で一本調子な部分をより際立たせていたのだろう。

 今回、自分の作品にはテーマが存在しないということがわかったのはある意味幸運な偶然だった。もし、『あたしの彼はハムスター』を設定だけ残し、ストーリーは一からすべて書き直しということにしたら同じことを繰り返していたはずだ。ストーリーの大まかな部分はそのままにして空いた部分を新しい話で埋めていこうとしたから、テーマという芯がないゆえのストーリーの脆弱さに気づいたのだ。
 長さ20センチのホットドッグは手に持って普通に食べられる。しかし、そのまま長さ2メートルにしたら持ち上げた時点で折れてしまう。短いものを長くしようとするならば絶対に芯を通す必要があるのだ。

 あぐらを掻き、顎の無精髭を右手のひらでさすりながら考えた。自分がハムスターを通じて伝えたいこと、みんなにいいたいことってなんだろう。
 すぐに一つ思い浮かんだ。
 昔から思っていて『少女漫画の男の子』というエッセイでも書いていることなのだが、私はローティーンの女の子が読むような漫画、小説に出てくるヒロインが好意を寄せる男性というのがどうも好きになれない。たまたま私が読んだ作品だけそういう男性が出てくるのかもしれないが、性格があまりに子供っぽいのだ。いうなればやんちゃなのだが、同性からしたらこんな自己中心的な奴と友達付き合いでもしようもんなら、いつも振り回されて嫌になるだろうなあと思ってしまう。
 そんな自分がローティーンの女の子が読む小説を書けるというのは、ものすごく貴重な機会なのではないだろうか。「同性から見てこういう男がいい男だといえるキャラを主役のハムスターに据える」、つまり、「男性である私が考える『いい男』の提示」、これをテーマにしたらどうだろう。
「いいかも」
 彩実ちゃんと別れた今、自分を勇気づけ、自分の意見に力強く賛同してくれるのは自分だけしかいない。私はあえてそう口に出して細かく頷いた。
 だが、さすがにこれだけでは弱い。もっと強い、ストーリー全体を貫くようなテーマはないだろうか。
 視線を少しだけ上に向けた。窓から差し込む光にゆっくりと舞うほこりが照らし出されている。
「いや、ある」
 独身男の哀しい一人芝居の様相を呈してきたが、私はなんら照れることなく自分に言い聞かせるようにいった。
 そう、確かにあるのだ。今だからいいたいことが。今だから嘘偽りなく伝えられることが。
 私は振り返った。

 自分が初めて小説家になりたいと思った日のことを。

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